記事: 前田農園 farmletter vol.54
前田農園 farmletter vol.54
自家製野菜や調味料を無添加の加工品に結実
中国地方最高峰、標高1,729mの大山山麓に位置する鳥取県中部の北栄町(旧大栄町)は、質量とも西日本を代表するスイカの大産地。スイカの交配時期にあたる4〜5月の天候がよく、火山灰土壌の有機物を多く含む黒ぼく土と昼夜の寒暖差が安定したスイカ栽培を実現している。
トップブランドの大栄西瓜は大玉で、厚い外皮が鮮度と強度を保ち、皮際まで甘いのが特徴だ。約100年以上の長い栽培の歴史と品質の高さが評価され、2019年に伝統的な特産物を知的財産として守っていく「地理的表示(GI)保護制度」に認定された。
大栄西瓜やメロン、ホウレン草などの他に、日本海の砂丘畑で風味高いゴボウや長芋などの野菜を栽培しているのが北栄町の前田農園だ。3代目・前田修志さんはフレンチの天才シェフとの出会いをきっかけに、2011年から自家栽培の野菜を取り入れた加工品作りを開始した。
農園の敷地内に加工所を設け、化学調味料、保存料、着色料をいっさい使用せず、野菜のカットからラベル貼り・発送まで、全行程を妻の純子さんやスタッフとともに手作業で行う。徹底したこだわりやおいしさが注目され、テレビや雑誌などのメディアで数多く取り上げられ、贈答用としても人気が高い。
「生きている上で仕事と生活という領域は同じぐらいのボリュームがあると思います。妻の純子は僕と一緒に仕事をしながら、生活の領域をガッチリと守ってくれています。互いに支え合う生涯頼れるパートナーです」
唯一無二のレシピが奏でる最強のご飯のおとも
【前田農園 前田修志さん】
大山山麓で育む自然の恵み
就農したのは32年前、27歳の頃です。鳥取県北栄町の旧大栄地区で、大玉の大栄西瓜を中心に作っています。ハウスは50mの長さで換算して大体28棟ぐらいあり、春に大栄西瓜、その後にメロン、ほうれん草、ミニトマトなどを作っています。
この一帯には中国地方でも一番高い大山の火山灰が降り積もり、黒ぼくの肥沃な畑があります。海沿いの北条砂丘という砂の畑のほうでは、サツマイモ、ゴボウ、白ネギ、里芋などを栽培しています。
ひとつの町内で、大栄西瓜、長芋、梨と、100年以上の農産物が3つもあります。メロンやトマト、花、ラッキョウと次々とブランドが育っていて、農業のよさを実感できます。起伏がなく平らな土地で、いろいろな土壌がミックスされ、農作物を作りやすい地域です。
新商品開発に向けて
常時、製造販売しているのは15、16アイテムです。化学調味料、保存料、着色料は一切使用していないので、平均して半年ぐらいで賞味期限がきます。コンスタントに注文が入るものに収斂していった結果です。まだ商品化されていない野菜のジャム、ディップ、スープの素など、レシピは50を超えています。
ご飯のおともシリーズは、すべて手作りの調味料で構成されています。この無添加の調味料自体にもすごく価値があるため、商品として開発したいですね。いま、考えているのはネギ油です。
製造はトレーニングして真面目にやればできますが、販売は大変でした。農業は作って出荷すればフィニッシュしますが、売る行為は全く別世界です。ゼロからの取り組みでしたから手探りで、だいぶ苦労しました。
農業と加工業と世話役の取り組み
農業分野の収益を母体に加工を手がけたので、資金的に続けられました。新しい分野を少しずつ広げていけて、だんだん柱が二つになってきたイメージで、バランス的にはよかったかなと思います。
加工を始めて、農業のよさに気づけました。加工業は注文が入らないと作れないジレンマがあり、売り上げがすぐ増えるものでもありません。じわじわとファンのお客さんを増やして、ゆっくり成長していくスタイルです。
農業は出荷すれば消費していただけるので、作ることだけに特化できます。産業としてカチンとしっかりした部分があり、時間や面積の両方を自由にコントロールできます。せっかく受け継いだ畑や施設を持っているし、定年もないので、農業分野も縮小せずに、しっかりと続けていこうと思っています。
農家と食品加工業のふたつの他に、組合や自治会、水田や溜池や農道を守る「農地・水・環境保全協議会」というグループなど、組織や地域のお手伝い、お世話をひとつの大きなライフワークとして取り組んでいます。
僕は今年59歳になります。60代の10年間は、自分のために時間を使って好きなことをしたいですね。何か新しい特別なことではなく、いまやっていることをもう少し余裕を持って楽しみ、60代を謳歌したいと思います。
天才シェフの複雑な味わいを忠実に商品化
料理教室に通い始めて半年ほど経った頃、出荷できないミニトマトで何かできないかと相談したのが加工のきっかけです。誰でも作れるケチャップではなく、できたのはトマトのフレンチドレッシングでした。さらに、いろいろな味を食べさせてもらうと、どれも体に染み込むようなおいしさで、シェフのレシピで加工品を作りたいとスタッフ一同毎週1回3年間コーチを受けました。
東京での試食販売を機に、コチュジャンと棒棒鶏を伊勢丹新宿店に納品できました。味やラベルのダメ出しが激しく、私は諦めかけていたのに、修さんが食らいついて、先方から「不屈の男・前田」と言われました。運よく伊勢丹に卸せたことで、雑誌に取り上げられ始めました。
調味料からスタートし、きんぴらごぼうや田楽味噌のレシピに、うちの塩麹を組み合わせて誕生したのが、ごぼう肉みそです。「ご飯のおとも」というフレーズで加工品の認知が広がって、嬉しいです。いまの目標は海外進出です。