記事: 清里ミルクプラント farm letter vol.56
清里ミルクプラント farm letter vol.56
栄養豊富な牛乳を直接消費者へ。清里ブランドの確立を目指す
牛乳は、三大栄養素のたんぱく質、脂質、炭水化物に加え、日本人の食生活に不足しがちなカルシウムなどのミネラルやビタミンA、B2などがバランスよく含まれた準完全栄養食品だ。世界で年間9.3億トンの生乳が生産されているが、日本の割合はわずか0.8%に過ぎない。2014年以降、一人当たりの牛乳乳製品消費量は年間約30kgで推移し、牛乳は欧米の約半分、バターやチーズは1〜2割程度と低い水準にとどまっている。
生乳は貯蔵性が低く、流通には適切な衛生管理と温度管理が必須だ。需給調整が難しい特性を持つため、生乳の97%は指定団体を通じて一元的に集乳され、各乳業メーカーに販売される共販制度が採用されてきた。
こうした状況のなか、「自分たちが作った牛乳を直接消費者に届けたい」という思いから、山梨県清里高原の地元酪農家26戸が出資し、2002年に「清里ミルクプラント」を立ち上げた。山梨県唯一の生乳処理施設を持つ乳業メーカーとして、安心安全で新鮮な牛乳や乳製品を環境に配慮して製造販売し、清里エリアの発展と地域産業の持続化を推進している。 2018年に共販制度が見直され、流通の部分委託が可能となった。酪農家に創意工夫の余地が生まれた一方、出荷保証はなくなり、平均乳価低下の可能性もある。資材の高騰等、酪農経営は厳しい状況に直面している。
清里ミルクプラント店長・磯部啓介さん(右)と生乳仕入先の小清水農場代表・小清水市郎さんはともに40代。 清里ミルクプラントは、創業時には市郎さんの父の八市さんが代表を務めていたが、いまは事業譲渡されている
牛乳のおいしさに惚れ込み、邁進する
【清里ミルクプラント 磯部啓介さん】
原料は小清水農場の新鮮な生乳
一般的に流通している牛乳には特有の匂いや口当たりがありますが、小清水農場から仕入れた生乳を清里ミルクプラントでボトリングした乳製品には牛乳臭さが感じられません。これは、良好な飼育環境で高品質な乳質を実現している小清水農場の生乳だけを使用するためです。
通常、複数の農場の生乳が集乳車のタンクで混ぜられた状態で乳製品メーカーに送られますが、当社では小清水農場の生乳を最初に受け取ります。前日の夜と当日の朝に搾乳されたばかりの生乳を仕入れ、集乳車からタンクに移した後は、68度で30分間の低温殺菌処理を行います。
朝の搾乳が5時半頃に始まり、8時台後半には当社に到着し、10時半頃までには殺菌処理を完了します。約5時間というこのスピード感は、他の乳製品メーカーでは難しいのではないかと思います。鮮度が高く、生乳中の生菌数が少ないため、低温殺菌処理が可能なのです。
無添加の乳製品を職人が手作り
通常の牛乳はホモジナイズによって脂肪球が潰され、均質化されます。また、短時間での高温殺菌処理によりタンパク質が変質し、その風味が後味につながる気がします。当社では、脂肪球を砕かない「ノンホモ製法」で低温殺菌処理するため、牛乳本来の風味と栄養素を保ち、濃厚な飲み口ながら、すっきりとした後味です。
当乳製品はすべて保存料や添加物を一切使用しない職人の手作りです。レギュラーのチーズとしては、さけるチーズ、カチョカバロ、ゴーダの3種類があります。のむヨーグルトは、生乳に乳酸菌とビートグラニュー糖だけを加え、一晩寝かせて充填します。ソフトクリームは85%が牛乳で、あとはビートグラニュー糖と生クリームです。
フレッシュなさけるチーズは賞味期限を3週間に設定し、ゴーダは8〜10か月以上熟成させて、品質を保証しています。
同時進行でプロジェクトに着手
首都圏から山梨の北杜市に移住したのが昨年3月で、縁あって入社して半年ほどが経ちました。元々乳製品全般が大好きで、当社の牛乳の味わいに深く惚れ込みました。小さな会社なので、店長や工場長を兼任して、配達もします。電気メーカーでの販売系マーケティング歴が長いため、営業や企画のスキルを活かせます。
現在の目標は、認知度を高めることです。8月からは、秋葉原駅構内の牛乳の聖地として知られるミルクスタンド「酪」で当社の牛乳の取り扱いが始まりました。 業務用の販路拡大、ホームページ改修、SNSでの広報、ボトルデザインの変更、ブランディング刷新、ファンクラブのような会員組織の創設、サブスクリプションサービスなど、やりたいことがいくらでもあります。小清水農場の生乳を全量仕入れることを目指して活動します。
血統を守り抜き、「清里の牛乳」を次世代へ
【小清水農場 小清水市郎さん】
ホルスタインを健やかに育成
搾乳用のつなぎ牛舎には約40頭のホルスタインがいます。年1回の出産2か月前から搾乳を中止し、乾乳期用の放し飼い牛舎に移して休養させます。牛たちは自由に歩き回り、自分で草を食べに行ける環境です。出産後は搾乳牛舎に戻ります。牛をつなぎっぱなしで出産させる農家さんもいますが、リラックスできる広いスペースで自然に出産してもらいます。
生まれた仔牛は約半年後に清里の県営牧場に1年ほど預け、人工受精で妊娠し、帰ってきます。10か月で出産し、搾乳牛舎に入るというサイクルを繰り返します。
牛のストレス軽減と環境への配慮
牛の主な餌はトウモロコシです。牛が口にするものは人が飲む牛乳にも影響するため、農薬は最小限に抑えています。牧草は無農薬で、春から秋口に3回収穫します。全体の約6割は自給飼料で賄い、牛の糞から堆肥を作り、発酵させて畑に還元し、循環型の農業を実践しています。
トウモロコシやライ麦を収穫した後の畑に牛たちを放牧したいと考えています。北海道では牛を放し飼いにするフリーストール方式が一般的ですが、広大な面積が必要で、日本はつなぎ牛舎が主流です。
また、生まれつき角のない牛を繁殖させて除角のストレスを減らすことや、メタンの排出量が少ない牛を飼育して環境へ配慮することなども考えています。 酪農に携わって7年ほどになります。アニマルウェルフェアの基準が厳しいヨーロッパの取り組みを参考に、牛にできるだけストレスを与えず、幸せに育てることを目指しています。
清里ミルクプラントは心の支え
清里ブランドを築くために、26戸の地元酪農家が出資して設立した会社が「清里ミルクプラント」で、父が代表を務めていました。自分で牛乳を絞り、製品を作って販売するのが理想ですから、それを実現してくれている清里ミルクプラントにはがんばってもらいたいです。
当農場の生乳だけで作られる牛乳や製品をお客様に手に取ってもらえるのは何より嬉しいことです。清里ミルクプラントはモチベーションの源、心の支えです。
創業から50年以上、当初は1、2頭だった牛が、現在では40〜50頭に増えました。北海道などから牛を買うこともなく、親の代から直接育てた牛たちが長年同じサイクルで生まれ、育ち続けています。次の世代に引き継がれていくこの血統こそが他とは違う強みです。まさに、清里ブランドの牛乳と言ってもいいと思います。ここは崩さずにやっていきたいです。